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仙台高等裁判所 平成4年(う)103号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、仙台地方検察庁検察官堂ノ本真作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、本件業務上過失致死の公訴事実につき被告人に無罪を言い渡した原判決には、被害者運転車両の速度等をはじめ右折車両の運転者である被告人に課せられる基本的な注意義務や過失の認定に関して事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

1  そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するのに、関係証拠によると、次の事実が認められる。すなわち、

本件事故現場は、東西に通じる国道四八号線と南北に通じる道路とがやや変形に交わる交通整理の行われていない交差点であり、国道は渉道を含め幅員一九・五メートルで、北側東進車線の幅員は二車線六メートル(各三メートル)、中央に幅員〇・五メートルの分離帯があり、南側西進車線の幅員は二車線六・四メートル(内側三メートル、外側三・四メートル)であり、その南側は〇・八メートルの路側帯、二・五メートルの歩道となつており、他方、交差点の南方道路は路側帯一・五メートルを含め幅員四・五メートルである。

被告人は、本件事故当日である平成二年一二月一七日午後一〇時八分ころ、普通乗用自動車を運転して右国道の内側車線を時速約四〇キロメートルで東進し、右交差点を南へ右折しようとして減速して同交差点に差しかかつたところ、司法警察員作成の平成二年一二月二三日付け実況見分調書添付交通事故現場見取図〈3〉の地点(以下各地点の符号は同見取図のそれである。)で、被告人車より約五四・八メートル東方で西進車線の外側車線のほぼ中央(〈ア〉地点)に、同交差点に向かつて進行中の対向車の前照灯を認めたが、同車の到達前に右折し終わることができるものと判断し、一時停止をすることなくそのまま右折を開始・進行したところ、〈×〉地点(〈4〉、〈イ〉地点)で被告人車左後端に直進対向車前部が衝突し、被告人車は〈5〉地点に停止し、直進対向車(自動二輪車。以下、A車ともいう。)を運転していたAは〈ウ〉地点に投げ出され、A車は滑走して〈エ〉地点に停止した。この事故によりAは、翌一八日仙台市立病院で肺挫傷により死亡した。以上の事実が認められる。

2  所論は、原判決が、直進対向車であるA車の本件事故直前の速度を時速七七ないし八〇キロメートル、被告人車の衝突時における速度を時速一七・九キロメートルと認定したのはいずれも誤りであり、A車の速度は時速七〇ないし七五キロメートル、被告人車の速度は時速一五キロメートルと認めるべきであると主張する。A車の本件事故直前の速度について、司法警察員B作成の「事故車両の速度計測(推定)報告書」及び原審証人Cの証言によれば時速七二・三七キロメートル、誤差等を考慮すると七〇ないし七五キロメートル程度と推定され、一方原審証人Dの証言及び同人作成の意見書によれば時速七七キロメートル、衝突時のA車の多少の減速をも考慮すれば七七ないし八〇キロメートル程度と推定されるというのであり、また、被告人車の衝突時の速度について、被告人は捜査段階で時速約一五キロメートルと供述し、一方前記D証言及び同人作成の意見書によれば被告人が〈4〉地点で衝突後急ブレーキをかけたとして計算すると時速一七・九キロメートルと算定されるというのである。A車の事故直前の速度につき、右のような差が出るのは、Aが事故直前にかけた制動が後輪のみの一輪制動か(B、C)、前後輪の二輪制動か(D)によるものであるが、A車のスリップ痕が一条であることや衝突地点の直近にこれが消えていること、二輪の同時制動が厳密には困難でしかも危険であることからすると一輪制動の可能性があるが、そうかといつて二輪車においては二輪制動でも一条のスリップ痕はありうるし、衝突の寸前に制動の力が抜けてスリップ痕が消えることもないではなく、また、二輪の同時制動も緊急時の運転者の心理から見てありえないことではないことからすると、二輪制動の可能性も否定し去ることは困難である。結局、A車の事故直前の速度は時速七〇ないし八〇キロメートルと幅のある認定をするほかはない。また、被告人車の衝突直前の速度につき、D証言がその計算の基礎を置いた被告人車の衝突後の急制動という前提は、衝突直後の運転者の一般の行動習性から見て相当の根拠があるが、現場に被告人車のスリップ痕の存在しないことからすると、疑念を入れる余地が全くないでもなく、他方、被告人の捜査段階の供述は確たる根拠があるわけではないが、さりとて全面的に排斥し難い面もある。結局、被告人車の衝突直前の速度は、時速一五ないし一八キロメートルという幅のある認定をすることとする。

3  前記実況見分調書及び後記E作成の鑑定書によれば、被告人が〈3〉地点で、〈ア〉地点のA車を発見して右折を開始してから衝突するまでの間に、両車両が走行した距離は、被告人車が約一一・一二メートル、A車が四八・七メートルである。従つて、計算上、被告人車が時速一五キロメートルの速度で右折した場合は、A車の速度が時速六〇キロメートル以下では衝突しないが、時速六二・八六キロメートルでも衝突し(被告人車が右折開始後衝突するまでに要する時間は約二・七九秒)、また、被告人車が時速約一八キロメートルの速度で右折した場合は、A車の速度が時速七〇キロメートル以下では衝突しないが、時速七五・四四キロメートルで衝突する(同約二・三二秒)ことになる(当審で取り調べた宮城県警察科学捜査研究所技術吏員E作成の鑑定書参照)。これによれば、被告人車が時速一五ないし一八キロメートルで右折することは、時速六〇キロメートル以上の速度で直進対向してくる車両の接近前に右折を完了できるかは一応きわどい関係にあることを窺わせるものである。

司法警察員作成の前記実況見分調書及び平成四年二月一〇日付け捜査報告書によれば、本件事故現場付近の国道は、最高速度が時速四〇キロメートルと指定されているものの、本件事故は前記のとおり午後一〇時八分ころに発生したものであり、この夜間の時間帯は、交通量が閑散としており制限速度を遵守せず、時速六〇ないし七〇キロメートルで進行する車両も稀でなく、時速七〇キロメートルを超過している例も認められる。被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人は本件事故現場を日頃頻繁に通行しており、このような交通事情については知つていたものと推認される。

4  本件において、前述のとおりA車は時速七〇ないし八〇キロメートルで進行してきたものであり、被告人が当初〈3〉地点で〈ア〉地点にいたA車を認めた時点で直ちに右の高速走行まで予測すべきであつたと断定するのは躊躇されるとしても、右折車の運転者たる被告人としては、対向直進車であるA車の動静を注視すると共にA車の接近にもかかわらずなお安全に右折できるか否かを確認すべきであり(本件当時は夜間で、二輪車の対向直進車の速度の確認は昼間に比べてより困難であるから、一層その必要性があるといえる。)、しかるときは、A車が右のような高速走行をして更に接近することも当然認識し得るに至ると考えられるから、A車が通過するまで進行を一時差し控えて事故の発生を回避すべきであり、これを要するに被告人には〈3〉地点で〈ア〉地点のA車を認めた際その動静に注視し、一時停止して同車の通過を待つなどA車の進路を妨害しないようにして右折進行すべき業務上の注意義務が課せられていたといわざるを得ない。なお、この場合、右のように高速走行車とはいえ優先通行権のあるA車の接近する状況下にあつては、いわゆる信頼の原則を認めて右折車の運転者たる被告人にA車の動静注視等の注意義務を免除するのは相当でない。しかるに、関係証拠によれば、被告人は、A車に対する十分な動静注視を怠り、A車が二輪車か四輪車かの識別もせず(被告人の原審及び当審公判廷における各供述参照)、その速度の確認も十分しないままA車の到達前に右折を完了することができると安易に思い込み、そのまま右折・進行したため本件事故に至つたことが明らかであるから、被告人にはA車に対する注視を怠つた過失があるというべきである。

従つて、以上の諸点につき検討を加えることなく、A車の異常高速運転を理由に、ただちにA車が制限速度を通常予想できる程度を超える速度で走行していれば本件事故を回避できたのであつて、本件は被告人が通常要求される業務上の注意義務を尽くしたにもかかわらず発生した事故であり、被告人には業務上の過失が認められないとした原判決には、その余の所論につき判断を加えるまでもなく、注意義務や過失の認定に関して事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件につき更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、業務として普通乗用自動車を運転し、平成二年一二月一七日午後一〇時八分ころ、仙台市青葉区八幡三丁目一番五七号先の交通整理の行われていない交差点を八幡四丁目方面から角五郎方面に向かい時速一五ないし一八キロメートルで右折しようとした際、木町方面から八幡四丁目方面に向かい対向直進して来るA(当時一八歳)運転の自動二輪車を前方約五四・八メートルの地点に認めたのであるから、同車の動静に注視し、一時停止して同車の通過を待つ等同車の進路を妨害しないようにして右折進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同車よりも先に右折を完了できるものと軽信し、漫然前記速度で右折進行した過失により、同車前部を自車左後部に衝突させてA運転車両を路上に転倒させ、よつて同年一二月一八日午前一時ころ、仙台市若林区清水小路三番地の一仙台市立病院において、Aを肺挫傷により死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示行為は、行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二一一条前段に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときに当たるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時の刑によることとし、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が交通整理の行われていない交差点を右折するに当たり、前方から直進してくる対向車両に対する十分な注視、安全確認を欠いたまま右折を開始し、折から時速約七〇ないし八〇キロメートルで進行してきた被害者運転の自動二輪車に自車を衝突させ、その結果被害者を路上に転倒させ死亡するに至らせた事案であつて、被告人の過失が否定できないことはもとより、その結果も重大であることに照らすと、被告人の刑事責任は軽いとはいえないが、すでに説示した事情によれば被害者にも高速運転をしてきた大きな落度があること、被告人に前科がないこと、遺族の慰藉に誠意を示し、被害者の父親は被告人に対し寛大な処分を望んでいること、自賠責、任意の両保険に加入しており被害弁償も示談によつて解決される見込みが窺われること等を考慮した上で、罰金刑を選択し、被告人を罰金二〇万円に処することとした。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺達夫 裁判官 泉山禎治 裁判官 堀田良一)

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